出産詳細(長文)

改めまして、妊娠40週3日にあたる3月18日(土)の午後5時58分、体重2796gの元気な女の子を出産しました。母子ともに健康で、私としては思っていた以上の産みの苦しみに「これは難産」だと思っていますが、周りからは安産だと言われています。3月18日の詳細はこんな感じでした。

陣痛のはじまり

夜中2時半ごろ、陣痛のような痛みに気付く。今まで何度も前駆陣痛を経験しているので、このときは時間を確認しただけで、そのまま眠り続ける。

陣痛

3時半ごろ、痛みが定期的にきているので時間を計りはじめる。最初は15分間隔で、5時を過ぎるころから10分間隔になり、陣痛かもしれないと思い始める。5時過ぎになると寝ていられなくなり、起きて入院の荷物の確認や、マニュアルの確認をしたりして過ごす。

病院へ

6時になるころには陣痛が5分間隔になっていたので、6時12分病院に電話をする。「朝ごはんを済ませてから来てください」と言われ、なんだか拍子抜けしてしまい、ゆっくり朝ごはんを食べることにする。
1月から休日なしで働いていたダンナがこの週末は普通に土日休みがとれるとのことで、東京から来ることになっていたので、連絡して早めに来て欲しいと伝える。なぜなら、母親も妹もこの日は仕事が休めないので・・。とりあえず病院へは義姉が連れていってくれることになったけど、その間3人の小さな子供たちを祖母が実家で面倒を見ることになり、多分お昼までぐらいが祖母のタイムリミットになりそうな気配・・。
8時30分ごろ病院に到着。時間外窓口でカルテを受け取り、産科へ向かう。義姉はこの病院で3人出産しているので、中の様子などにとても詳しい。ちょうど出産中の人はあまりいないようだと内偵してきてくれ、ほっとする。産む人が多いときは分娩の部屋は早いもの順になるので。
まずは内診。子宮口は3cm開いているとのこと。その後、分娩監視装置をつけて40分ほど横になる。が、このときに、なぜか陣痛の波が15分間隔に遠ざかっている。もしかして、また前駆陣痛!?と思い不安になる。案の定、「一旦家に帰ってもっと歩いたり買い物にでかけたりして、陣痛を強くつけてきてください」といわれ、一度家に帰ることに。病院ではいつもヨーガ教室や健診の時に仲良くしている人とばったり!彼女も今朝陣痛が来て、入院しているけど、やっぱり遠のいてしまったとのこと。家の遠い人は一旦帰されることがないのでそのまま入院になるそうで、彼女はちょうど病院内をうろうろとしようとしているところだった。私も陣痛の痛みをこらえてちょっと散歩にでなくてはと決意。

一旦帰宅して昼食

家には10時ごろ帰宅。陣痛が来ていてつらいので、ちょっと座って休む。ダンナは11時30分ごろ浜松着の新幹線にのったとのこと。お昼前には実家に到着。散歩にでないと陣痛がどんどん遠のくかもという不安もあり、ダンナと一緒に「WOODY BELL」まで散歩兼ランチででかけることにする。多分片道1kmぐらいの距離。お店に向かう途中、陣痛が来るたびに立ち止まって痛みに耐える。お店に到着するころには陣痛の間隔は再び5分間隔。お店にいる間もいいかんじで陣痛が来る。これなら今日中にもう一度病院にいけるなぁと思う。ご飯を食べ終わる頃には、さらに間隔が短くなるし、痛みも増してきて、耐えるのに一苦労。お店の人に話しかけられても返事ができない・・・。家に帰る道すがらも、すぐに陣痛が来るので、ほんの数メートル進んでは陣痛が来ている間立ち止まって痛みに耐える。かなりつらい・・・。家に到着する頃には、陣痛は3分間隔で痛みの持続は約1分強。つまり1分の激痛に耐えると2分の休憩の繰り返し・・・。休憩の2分の間に呼吸を整えて、病院に電話。すぐに病院にいくことにする。

再度、病院へ

今度はダンナに付き添ってもらって、再度病院へ。カルテを受け取るために手をだすことも、陣痛の痛みが来ているとままならない。14時ごろ産科の受付に到着。痛みが強すぎて言葉がでない。すぐに内診を受け、子宮口が7cmになっているとのこと。「痛みに強いですね。よくがんばりましたね」と看護婦さんが何回も言っていたけど、返事ができない・・。だって一度帰されて散歩するように言われたからそうしただけなんですけど・・・って言いたかったんだけど。渡された入院用の服に着替えてLDRに直行。LDRとは、陣痛から分娩まで一つのベッドでできるようになっているお部屋のこと。LDRの大きなベッドに横になるとすぐに分娩監視装置をつけられ、子供の心拍と陣痛の痛みが計測されはじめる。そうしている間にも陣痛の痛みはどんどん強くなり、思わず全身に力が入って息を止めて耐えてしまう。でも本当は、その陣痛が来ている間にできるだけ体をリラックスさせて吐く息を長く細くだすのがいいらしい。で、ダンナが横で、私の痛みにあわせて呼吸の指導をしてくれる。私が陣痛のときに息をとめたりしていると、お腹の中で下りてきている子供が苦しくなってしまうらしい。がんばって呼吸を整える努力をする・・・けど、痛みが強すぎてなかなかうまくできない(>_<)。

出産

正確な時間を覚えていないけど、多分15時過ぎごろに破水。最初は少量だったようで自信がなかったけど看護婦さんに「破水したかも」といって調べてもらったらやっぱり破水していた。その後は、陣痛の波が来るたびに破水がすすみ、早く出産しないと子供が苦しくなるかも、とずっと考えていた。17時ごろ、やっと子宮口が全開になり、陣痛の痛みを逃すのではなく、痛みにのせていきむように言われる。ヨーガの教室でずっと練習してきたいきみだけど、実際にやるとなるとめちゃくちゃ苦しい。そうでなくても激痛が走っているのに、そこに力を加えなくてはいけないのだから・・・。
そんな時、いつも診てくれている先生が部屋にいることに気付いた。先生は個人病院の先生で、そこは入院の施設がないので、オープンシステムというのを利用して患者を近隣の総合病院で出産させることになっている。この先生は手術などの腕前がいいのでも有名で、入院している自分の患者の手術なども執刀する。実際、私も何年か前に子宮筋腫を取った手術をこの先生に執刀してもらった。けど、今私が入院中の総合病院でお産に立ち会えるのは木曜日の午後だけと聞いていたのに、土曜日の今いるなんて!ちょっとうれしい〜、なんて思っていきみに気合が入る。先生はいろいろ準備を始めているので、多分子供の取り上げをしてくれるのだろう♪
その後も陣痛の波にあわせていきみを続ける。時計を見る余裕がなくなっていたので、途方もなく長い時間が流れたように感じていた。ある瞬間に、はっと気付いたら過呼吸になっていて少し意識が飛んでいた。自分でもびっくりした。で、再度呼吸を整えて、いきみ。子供の頭が骨盤にハマってしまって、本当に痛くてうまくいきめない。あと1回ででるよといわれた言葉に奮起して、気合をいれたいきみをする。と、そこで出産!すぐに泣き声が聞こえないので不安になり、「泣き声がしない・・・」というと、どうやら小さい声でないていたようで、「泣いていますよ」といわれた。と、すぐに大きな泣き声になって、一安心。子供はすぐに飲んでしまっている羊水をカテーテルで吸いだす作業に連れていかれる。ダンナはビデオカメラを片手に子供の様子を撮影している模様。私は、後産(出産の後、胎盤などがでてくること)のあと、会陰切開の傷の縫合をしてもらう。切られたことすらまったく気付いていなかった・・・。どれぐらい切れているのか聞いたら2cmぐらいとのこと。麻酔なしで切開されているのにも気付かないぐらい強い痛みに耐えていたのかぁと改めて出産の大変さを思い知る。部屋にはいつの間にか母と兄が来ていた。ダンナにも母にも兄にも「安産でよかった」といわれたけど、私としてはすごく大変だったのに安産って言われた、というかんじ。何人も子供を産んでる人ってすごいなぁと思ってしまう。その後、計測などを終えた子供が私の横にやってきた!すごく可愛く感じて、よかった〜♪と無事に出産を終えたことに心底感無量。



出産後

その後2時間はLDRで過ごすことになっているのだけど、私は子宮筋腫のせいで子宮の戻りが悪い可能性もあり、点滴で子宮の戻りを促進する薬をいれつつ、4時間LDRで過ごす。10時ごろ車椅子に乗って病室に移動。産科の病室が満員ということで、婦人科病棟の病室まで行く。すでに消灯時間もすぎていて、病院はひっそり。大部屋の一番奥のベッドに移動し、やっと落ち着いたかんじ。実際寝不足のはずなのに、なんだか興奮しているようで寝る気にはなれず、ぼんやりして過ごす。夜中12時に出産後6時間経過したからということで歩行訓練があり、トイレにいくように言われる。今日は夜中2時の陣痛から始まり、この歩行訓練まで盛りだくさんの一日だったなぁとつくづく思う。今日の出産だったことで、ダンナも出産に立ち会うことができたし、お世話になっている先生に子供を取り上げてもらうこともできたし、いい事づくめでした。
明日改めて子供に会うのが楽しみ♪